口腔ケアを叫んでからもう10年が経った。しかし、正直言ってまだ道半ばといった感じがしてならない。というのは、介護施設によってもスタッフによっても、感じ方や捕らえ方が大きく違うからである。
そこで私も、作戦を考えた・・。『相手が「お金」中心で動くなら、こちらもお金で勝負しましょう』という戦略である。まず、最初に考えたのが、「義歯の夜間保管には、義歯用洗浄剤を使わず義歯用ブラシで洗浄しましょう」というものである。 「事務長、義歯用の洗浄剤って、義歯を洗浄する効果がほとんど無いことを知っていましたか?」 「え!本当ですか?」 「そうですよ!その証拠に洗浄剤の会社から清掃効果に関する論文をもらったのですが、これを見ると、人間が食べ物を食べてプラークを作ることは無視されているんですよ・・」 「そうですか」 「それでこの論文を見てください。肺炎や敗血症を起こして無くなった方は、口腔内の細菌と肺炎や敗血症を起こした原因細菌とが一致するらしいですよ。こうなると入居者の家族の中には、施設を訴える人も将来でるかもしれませんね」 「それは、困ります」 「それと、この洗浄剤の単価をご存知ですか?」 「いいえ!」 「実は平均○○円するんですよ。実際に義歯用の洗浄剤を使っている方は○×人ですよね、それに365をかけると・・・」 「けっこうな数字になりますね」 「義歯用歯ブラシを入所者の方に買っていただけると、この分が永久的に経費削減できますよ。」 これで事務長はなんとか説得できた。ところが現場は黙っていない。とにかく余分な仕事を減らしてラクをしたいと、介護スタッフは思っている。当地では、アルバイトでも自給 が5円違っただけでも平気で転職する土地柄である。もちろん、私に直接クレームを言うスタッフはいないが、不満が鬱積している様子が肌で感じるくらいの状況になった。 まず無資格の介護スタッフが、私に会っても挨拶をしなくなった。看護師の中には露骨に「先生!義歯用のブラシはどうしても買わなくてはいけないのですか?歯ブラシで代用できないのですか?」と批判のすり替えのような質問をする。そういう場合、私は「ぜひ、義歯用の歯ブラシを買ってください。理由は・・・です」と丁寧に返答した。 やる気のない看護師を得意のへ理屈マジック?で説得して、ある程度口腔ケアの下地ができたところで、再び事務長に話した。 「事務長、口腔ケアってけっこう評判が悪いね」 「いや、それほどでもないですよ」 「実は、口腔ケアをやってから肺炎で中途で入院される方がここ1年に2人しかいなくなりましたね」 「はい!そうです」 「口腔ケアをする前は、年間30人以上いましたよね」 「はい」 ここまでくれば、こっちのペースである。というのは中途で入院した場合、介護保険施設、特に中間施設では介護上で微妙な問題が出てくるのである。介護保険では、介護保険施設には「病気が治癒したかある程度メドがたった状態でなくては入所できない」建前になっている。そのため中間施設の入所者が入院した時には、原則一定期間経過した後は退所扱いとなる。そしてまた振り出しの状態に戻って、再度入所の申請をしなくてはいけないことになっている。ところが、本人はもとより家族は、「入院したら退所扱い」という基本的ルールを入所時に説明されているが、イザその場になるとしっかり忘れている(忘れたフリをしている方もいる?)。 仕方がないので入院期間はベッドを空けた状態にしておく。肺炎や敗血症を起こして入院すると、平均で一ヶ月近く入院する。そうなると、1人入院すると平均で30万円以上 の減収となる。これが30人以上いるなら大変な数字になってしまう。さらに入院先で死亡した場合、施設に連絡するような家族はほとんどいないので、下手をするとそのままベッドを空けて待っていることになってしまう(そのため地元新聞の「お悔やみ欄」は介護関係者の必読欄である)。 さらに風邪をひく人も大幅に減った。たかが風邪だが、施設にとってはけっこう大きな問題である。というのは、治療に必要な薬剤や受診に関しては、入所中は原則健康保険がきかず施設側の負担となるのである。これだってけっこう大きな負担となる。 こうして口腔ケアは、中間施設の収支改善に大きく貢献した。そのせいか早朝の忙しい時間帯に1人スタッフを増員することができた。スタッフは、口腔ケアをした結果スタッフ増員ができたとわかってからは、私に挨拶をするようになった。 また、病院から戻ってくると口腔内がメチャクチャになっており、これを立て直すには大変な労力が必要なこともわかってもらえた。そのため、口腔ケアで肺炎や敗血症を予防する意義について、形を変えてではあるが理解してもらえた。 こうなると良いことばかりに思えるが、手痛い批判もずいぶんとあった。施設長から(だいぶ以前のことであるが)止めるようにと間接的に言われたこともあった。連絡日誌に「歯科の先生の顔を見たくない」とも書かれたことがあった。でも一番悲しかったのは、私がすることを一から全て否定する歯科の先生がいたことであった。 「入れ歯の洗浄剤でもしないよりはずっといいよ」 「義歯を歯ブラシで磨いても悪いという規則はないし・・様子を見ながら徐々にすればいいんじゃない」 「実際にやることよりもやろうとする意思を私は大切にしたいな」 「みんなに義歯用ブラシを使わせたら義歯がきれいになっても、心に汚れがついてしまう かもしれないね」 挙げたらキリが無いが悪意が満ちていて本当に情けなかった。 でも本当の困難は、他の施設で続くのである。 (つづく)
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| <2007.8.1> |
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