僻地に生きる歯科医
認知症高齢者のいる風景
て、以前に認知症高齢者の厳しい家庭環境について述べた。結局、家庭での介護が破綻して病院や施設などに入ることになる。家族は入所・入院すると「ここが終の棲家(ついのすみか)になる」と思っているケースが多い。特に病院などはかつては代表的な「終の棲家」であった。ところが国は「社会的な入院の解消」という大号令の元で老人病院の大幅削減を行った。しかし、充分な受け皿を作らない上にその受け皿となる介護保険施設にも大幅な保険上の締め付けをしたので行き場所のない高齢者が出てきた。

に在宅で持病を持っていながら治療を中断していてしかも軽度の認知症があるケースは大変だ。先日もある患者さまがみえて、「おかげさまで、ある診療所に入院できるようになりましたので」とおっしゃっていた。私は「どのくらい、入院する予定ですか?」と聞くと迷うことなく「一生入院させる予定ですよ」と言った。なんでも、病院に入院させると一定期間後に退院しなくてはいけないが診療所ではそのように言われないと聞いたからだそうだ。
「一生居ていいって先方の診療所の先生やケアマネージャーが言ったの?」
「でもみんなそういうもので」
「みんなって?」
「みんなです」
「でも、仮にOKだっていっても、国は診療所の施設基準をおそらくきつくして有床診療所を事実上つぶしにかかると思うよ。それにこのことをケアマネージャーに話しました?」
「いいえ」
「ところで入院することをケアマネージャーに話した?」
「いいえ」
「それじゃ連絡しないとね」
「はい」
「ところでケアマネージャーさんの名前と所属は?」
「女性の方です」
「どこの支援センターかな?」
「わかりません」
「それじゃ連絡をとれないね」
「そういうことになりますね」
ざっとこんな感じである。

の方は幸いにも一時的にも入院先がきまったので少し安心かもしれない。でもこういったケースはマレである。たとえば家族が高齢者を介護保険施設に入所しようと希望する。この時大きく立ちはだかるのは「入所者の病気が安定していること」が入所での大前提であることを知らない家族があまりにも多すぎるのである。
「病気がありますが、どうやって治療しますか?」と聞くとほぼ100%の家族から「入所しながら病気を治します。」という答えが返ってくる。実は介護保険施設に入所されている方が病気で通院するには健康保険上とてつもなく大きな制約がある。事実上健康保険が効かないと考えて差し支えないとってもいいほどだ。このことを伝えると家族は大慌てする。特に「健康保険が事実上効かない」という言葉に非常に強く反応する。(もっとも、この分を支払うのは施設側なのであるが)

れじゃ、「治療をしてから入所しましょう」ということになるが、当地では泌尿器科、眼科、耳鼻咽喉科などはないので当然のことながら数十キロ離れた都市に通うことになる。通うのも自動車でなければ事実上通院はできない。さらにこういった老人に共通しているのが病院嫌いである。通院の度に前の日はもちろん、当日の朝も説得してなくてはいけない場合も多い。しかも車の中ではトイレの心配もしなくてはいけない。(発車と同時に「トイレ!」なども決して珍しくない)さらに冬道の運転も大変だ。もちろん、いっしょに帰らなくてはいけないのでほとんど1日が潰れてしまう。当地では専業主婦は少ないので結果として仕事を休まなくてはいけない。家族の通院で会社を解雇された方も多い。また、水産加工場などで働く方は外国人労働者に仕事をとられる心配もある。

来なら入院して対処することが必要かと思われるが、どんなに家族が死ぬような思いをしても現在の医療制度ではこういった高齢者は入院できない。しかも長期間入院するのが予想される患者さまを入院させてくれる医療機関は本当に限られてしまう。
家族のこういった苦労をよそに当の介護を受けている本人の中には「何かヘンだな!」と思う方もいらっしゃる。ましては「病気を治して施設に入れようという考えだ」と思ってしまったら今度はテコでも通院しなくなる。そればかりか薬も飲まなくなってしまう。当然、体調が悪くなりQOLが極端に低下する。そして何かのきっかけで寝たきりになってしまう。

うなると正直お手上げ状態だ。こういった高齢者を受け入れてくれるのは精神科の病院や認知症専門の病院しか選択肢はない。病気を治してリハビリ等で社会復帰をするのはほとんど絶望的になってしまう。しかし家族にはこの期に及んでも「見栄」が見え隠れする。(○○病院だけは入れたくないなど)散々、悩んだあげく究極の選択をしなくてはいけない場合が出てくる。

のような事態になってからやっと私の所へ相談にくる。これでは私は何も助言することはできない。ケアマネージャーの限界を感ずる瞬間である。
<2007.6.8>

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