僻地に生きる歯科医
口腔ケアと肺炎
前、知人からある歯科医院で作った父親の入れ歯のトラブルについて相談を受けた。そして、最近、父の体調が悪く外出ができないので「往診に来てくれないか?」ということであった。

速、翌日訪問してみると、その老人はいたく感激した。通常のやり方で治療をしたところ、それなりに咬める状態になった。数日後、再び訪問してみたら、食事も概ね良好な状態で摂れるそうだ。

ころでこの老人の口腔内であるが、これが汚れに汚れていた。なぜそうなったかいろいろ詳しく本人から聞いたところ、これまで数人の歯科の先生の治療を受けたが、誰も口腔ケアの必要性について説明をしなかったのでそのままにしていたらしい(つまりお口の手入れをしなかった)。

は早速、口腔ケアの大切さについて説明した。曰く「入れ歯の汚れが肺炎の原因となります」、曰く「義歯用の洗浄剤では入れ歯はきれいになりません」などとていねいに説明した。

ころが、今度はその老人の奥さんが納得しない。奥さんの主張は概ね次のようであった。「口腔ケア」なるものがそんなに大切なら、なんで入院していた時に病院で教えないのか。他の歯医者さんからは、今までまったく「口腔ケア」なるものの説明がなかった。本当に大切なら誰かが教えてくれるハズだ。誰も言わないということは、たいして大切ではない証拠である。

局、往診はその回で終了となってしまった。私は往診の際に、時々デジタルカメラを持参することがある。偶然にもその時はデジタルカメラを持っていたので、夫婦の写真をとった。後日、私の知人を通じてその写真を渡した。若いときから謹厳実直であった老夫婦は、写真のなかでもコチコチの状態で写っていた。

れから、数カ月して再びその知人に会った。すると、「父はあれから間もなく、風邪をひいたのがきっかけで肺炎をおこし、先生の言った通りにあっという間に死んでしまった」という。そして、肺炎になり病態が進行した様は、まさに「先生が言った通りになった」のだそうだ。その知人は、「先生!歯科の先生が知っていることをどうしてお医者さんは知らないの?」と少々失礼?と思える質問を私にした。

は、「口腔ケア」について医科の先生方はほとんど教育を受けてきていないのである。一般の方には信じられない話であるが事実である。最近は保険医会(健康保険医の間の連絡会)などで、医科の先生から「口腔ケア」について質問を受ける。その経験では、医科の先生の多くが、全く口腔ケアに関してはお寒いのが現実である。

の後しばらくして、そのお宅へ訪問する機会があった。ふと仏壇を見ると、あの日私が撮った写真が麗々しく飾られていた。写真からは、明治の香りがただよっていた。
<2007.1.10>

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