僻地に生きる歯科医
外国人労働者がやってきた
る日、診療室にある会社から電話がきた。なんでも、社員の治療をしてほしいそうだ。話をよく聞くと外国籍の方だそうだ。このような依頼はマレではあるが、時々ある。今から15年くらい前は、私の街ではそういった外国籍の方はほとんどがフィリッピンからの方であった。彼等(ほとんどが女性)は概ね英語が話せたし、それなりにコミュニケーションがとれた。それに彼女たちは非常に日本人の考え方などに詳しく、治療なども特段問題がなかった。ところが彼女は冬の北海道の寒さに耐えられず数年で帰ってしまった。

に5年くらい前からブラジルや韓国からの労働者がやってきた。当時(今でも)日本での就労に関する条件は厳しく、日系人でなければ許可がおりなかったそうだ。特にブラジル人の場合は、外見は日本人と違うが、親族に日本人がいるケースが多く、人によっては片言の古い日本語を話した。それに彼等の文化の根底には古き良き時代?の日本があった。中には例外もあったが、ほとんどの方は朝早くから深夜まで、土曜日曜も関係なく働いていた。

でもそうだが地元の若い日本人は、車を持って他所の街に買い物や食事に出かけたが、彼等は地元で物を買い地元の飲食店で食事をした。こうなると地元の悪い評判がたつわけがない。中には「日本人よりも彼等が周りに住んでくれた方が良い。」という人も出てきた。

等が歯科診療に来ると大騒ぎだ。会社の配慮もあって日本語を話せる年配の日系人が通訳としてついてくる。彼等のほとんどが時間にはアバウトだ。それでも日本人の世話係のような方が車で送迎するのでなんとかなる。

療が始まる前にまず通訳をしてくれる年輩の日本人と握手と抱擁をする。さらに世話ばなしを2〜3する。それからやおら診療が始まる。特にブラジル人の場合は審美的な要求が強い。さらに韓国人の場合は自己主張がハッキリしている。

して数年前から中国人の若い女の子が研修と称してやってきた。彼女たちはとにかく働いた。その働きぶりは彼女たちを受け入れている会社の社長によると、「昔の自分を見ているようだ。」と口をそろえて言う。私は彼女たちに「稼いだお金を何に使うの?」と1度聞いたことがあった。すると「このお金で家を新しくしたい。」「北京の大学に進学したい。」「外国語学校へ行って通訳になりたい。」など非常に具体的な答が返ってきた。

れにひきかえ、日本人の労働者はどうだろうか?10代のうちからローンで自動車を買い、どうしたら早く帰れるか、1円でも給料の高い職場はないかなどしか考えていない人がけっこういる。一般に日本人の労働者は卒業後、離職する割合を「シチ・ゴ・サン」と言っている。つまり中卒は就職後3年以内に70%、高卒は50%、大卒は30%が離職すると言われている。

ういった外国人の労働者の中で興味深いことをいっていた女の子がいた。「私の国では農園で働いていた人の子供も孫も農園で働きます。親が大学に行かなければ子供や孫も大学にはいけません。しかし日本では、がんばれば単純作業をしている人の子供でも大会社や大学に行くことが出来ると聞いて大変驚きました。私は祖父から日本では学校を出ていない人でも総理大臣になった人がいると聞いていましたが、このようなことがどこでもあるのにはビックリしました。日本はチャンスの国なんですね。」

の言葉を私の若いスタッフに話したことがあるが、「興味がない!」という一言で片付けられてしまった。
<2005.8.3>

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