僻地に生きる歯科医
繁栄を実感できずに育った世代

療中、気心が知れた患者様とよく雑談する。ある初老の患者様によると「最近の若い者がすぐ職場をヤメるのはわかるような気がするな!オレがハタチだった頃と比べると、今の若い人たちの周りが暗すぎるよ。」と言っていた。たしかに、いくら不況といいながらも昔に比べれば今の待遇の方が格段に良い。

かし、東京オリンピック(昭和39年)の頃は、高卒の女の子の就職は住み込みが一般的であった。その頃の給与の手取り額は3000円〜8000円程度であったかと思った。しかし、学歴や資格がなくてもガッツと体力さえあれば諸手当で基本給の倍以上をもらったり、OLが自分の父親より多く給料を貰っていても決して珍しくはない時代であった。

のなかで、北洋漁業へ行った人は桁違いにすごかった。3ヶ月行って当時の金で30万円〜50万円になったそうである。当時は「借金があっても北洋に行くと数年で家が建つ!」などともいわれた。さらに、各種の見習いに行った人たちは「早く一人前になって独立をする」ということを虎視眈々と狙っていたそうだ。

なりで聞いていたハタチ前後の若いスタッフは「へえ〜、そうゆう時代もあったんですね」と目を輝かせて聞いていた。私の若い頃は高度経済成長からオイルショックへ落ち込んだ時代であった。しかし、私の周りの人は「このショックから早く立ち直ることが、世界に進出するチャンスだ!」といっている人が多数いた。そして、みんな希望を捨てずにがんばり、日本は世界第2位の経済大国になった。

かし、この景気もここ10年近くは停滞している。ハタチ位のスタッフはものごころついた時から、日本は慢性的な不景気にさらされている。それでも、日本は世界第2位のGDPは維持しているものの、かつての自信に満ちた前向きな意気は若い人には感じられないのは私だけだろうか?今の若い人たちが可哀想にも見えてきた。
<2004.3.12>

INDEX