ところが、その息子も負けてはいない。曰く「高校に通っていた時に、学校に学食がないのを知っていたのに、ほとんど弁当を作ってくれなかったじゃないか?父親が仕事にいく時や私が学校に行く時は寝ていて起きて来なかったじゃないか!」 母親も黙ってはいない。「あなたを高校に出すために、どれだけ苦労をしたか分かっているのかい?」それに対して「子供の教育は親の務めだろう。自分の務めを果すことと俺から金をもらうことは別だろう」 確かに大人は子供の教育の義務があり、今では高校や大学へ行くのを面倒見ることは「親の義務(親としての自分は若干の意見はあるが)」といって良いのであるが、これを子供に言われると他人の私でも些か(いささか)ムッとくる。 実は同様なことを患者さまにいわれたことがある。「先生、医者っていうものは、単に病気を治すだけじゃだめだな!ほれ、医は仁術っていうでしょ。」ある先生の批判を冗談半分でいったつもりだったが、私は少しカチンときた。実は「医は仁術」という言葉は医療人が精神的な戒めとして心に持っていることで、患者さまが先生に要求することでは本来なかったのである。だから、さっきの息子が「子供の教育は親の務めだろ!やって当然だ」というような発言と同じニュアンスを持って医療関係者に伝わることは意外と知られていない。特に、年配の先生や代々医療関係をしてきた人にはそのようにとらえる傾向にあるような気がする。 これを踏まえても、医療従事者に「医は仁術」を主張したい方に一言申し上げたい。「医は仁術」は多くの人はなぜか「いはじんじつ」と読んでいるが、正しくは「いはじんじゅつ」と読むのである。お間違えのないように願いたいものである! さて、さっきの親子ケンカはまだ続いている。ついに、息子は「これから、母さんは年をとって寝たきりになったらオレたちが面倒を見なくちゃいけないんだよ!こんな調子で嫁さんなんかに言ったら、みんな家を出て行って1人暮らししなくてはいけなくなるよ!昔から老いては子に従え!っていうでしょ。」これにはさすがの母親もグ〜の音もでなくなってしまった。そして、次回の予約を取って、息子は憮然とする母親に「母さん、ラーメンでも食べて帰ろう!」といった。母親は無言で息子の後をついて行った。 やはり親子である。少し、救われた気がした。 |
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| <2003.11.5> |
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