僻地に生きる歯科医
生きている証しとしての咬むこと
回は妙に硬いタイトルになってしまった。みなさん「胃瘻栄養(いろうえいよう)」という言葉を御存知だろうか?文字どおり「胃に穴をあけて食べ物を摂取する」方法で、点滴や静脈栄養に比べて、十分に栄養が摂取できる。賛否はあるものの、食物を摂れない人にとっては画期的な施術である。

かし介護する側ではやっかいな問題も少なくない。まず第一に食事を経口で摂取しないため口腔内が不潔になりやすいのである。意外かもしれないが「食事をとらない口は汚い」のである。


る日、胃瘻栄養の患者さんが残っている歯の歯茎が頻繁に炎症を起すのでなんとかならないのか?と相談を受けたことがある。さっそく行ってみると下顎の咬合を上顎のたった1本の犬歯が全て受けていたのである。しかも歯ぎしりをしているらしく前装冠の咬耗が著しい。義歯は長い間はずしていたらしく、犬歯が移動してすっかり入らなくなっていた。スタッフが何度か義歯を口腔内にトライしたがだめだったそうだ。

りあえず下顎の咬合を上顎の義歯全体で受けとめ犬歯の負担を少なくしてあげようとした。クラスプをはずし、義歯の大きさをスタッフが口腔内清掃しやすいように形態を大幅に修正した。 印象を採りクラスプを新製して口腔内で組み立てた。義歯はピッタリと口腔内に納まった。これを見ていた介護スタッフからは「お−!!」と歓声がおこった。レジンを人工歯に盛り、咬み合わせを調整し、咬合圧も上手に分散できたようだ。

ころが、患者さんから、意外なクレームがあった。
「先生、義歯は痛くないけれど、これじゃ食べ物は食べられないよ。それじゃだめだ」
おそらく、この患者さんは今後口から食事を多少は摂ることはあっても、もう口から食べ物をとることはないかと思う。しかし、この患者さんは決して生きることはあきらめなかったのである。

事に、明智光秀が死刑になる時、柿を食べないか?といわれたのに対して、「柿を食べると腹を冷やすから食べない」といって最後まで生きることを諦めなかったエピソードが伝えられている。この患者さんも必死に病気と戦って、生きている様にいまさらながら感動をしてしまった。帰り際、この患者さんがこころなしか輝いて見えた。
<2003.5.7>

INDEX