昨年の秋、診療所へ一通の葉書が届いた。私の祖父の時代からの患者さんからである。たどたどしい文字で「私も年を取りとうとう病院へ入院してしまいました。そのため貴院へは通院出来ません。ところが義歯が3つに割れてしまい、上手に食事が出来ません。往診して下さい。」という内容であった。後で聞いた話だが、この方は耳も遠くなり自分では電話もかけられない状態だったので看護婦さんに頼んでこの葉書を買ってもらったそうだ。 さっそく主治医へ連絡すると快く訪問診療を許可して頂いた。そして、訪問診療へ行く前日の夕方、家族から電話が来た。私が直接電話に出ると、丁寧な言葉ながらも、大変不愉快そうに言った。「往診して頂くのはうれしいのですが、本人の希望もありまして、しばらくこのまま様子を見たいのですが?」「そうですか。でも御本人様より私へ直接訪問診療を希望された旨の葉書を頂いたものですから…」そして私は家族の方へ、義歯がいかに老人にとって大切なもので、適切な義歯を使用することによって元気になられた方が沢山いらっしゃることを説明した。(結果として、この事が裏目に出たらしい) 家族の受診拒否の態度は固く、最後に「元気になっては困るんです…」とポツンと一言言って電話は切れてしまった。 その後、主治医へ電話すると「やはりそう言いましたか!実はこちらも同様な件で色々と問題をかかえていましてね…」と困り果てていた様子だった。さらに御丁寧に私も含め他の歯科医師とは一切面会させない様に家族が念を押して行ったそうである。 それから3ヶ月後、私はある地方新聞でその手紙の主が亡くなったという記事を見つけた。いい知れない脱力感と自分の力量の無さを思い知らされた。 老人施設等に入所している方の治療について「本人の意志」というものを一番尊重していないのは家族であることは少なからずある。施設側もトラブルを避けたいかどうか分からないが、この様な時「ことなかれ主義」をとるところも少なくない。しかし、私が訪問診療へ行っている施設ではあまりこの様な事例を見た記憶がない。この事は患者・歯科医師にとって共に幸せなことである。 | |
| <2001.5.9> |
| INDEX |