味彩通信
Vol.85-2008.12
田んぼの一年

 春三月、雪の残る田んぼに白鳥の群がやってきて、北への長旅の準備にえさをついばんでいた。
 五月、早苗が朧月夜にゆれた。
 七月、田中の道は緑のただ中を走る。
 九月、今年の収穫は早く、黄金の波が次々と刈り取られて田んぼは素顔になった。
 寒さが遅く、小春日和に『孫ばえ(ひこばえ)』が元気に伸びている。『ひこばえ』は刈り取った切り株から出る芽。子供のころそれをつんで遊んだ思い出がある。
 郊外に住んで、初めて知った『田んぼの一年』、朝夕通勤の車窓からの景色です。

 岩手県内陸地方は六月・七月二度の大きな地震にもかかわらず、台風や冷害の被害も無く、今年の収穫は平年並みとか、ご飯党の私にはうれしい出来秋となりました。
 今シーズンはじめての新米を南部鉄器の鍋で炊いた時のこと。料理講習の参加者の中に小さな女の子を連れた若い両親がいて、炊飯器以外の調理道具でご飯が炊けることに感激していました。そして試食、鉄鍋の縁に付いた『おねば(ご飯が炊ける時に吹きこぼれたねばねばの汁)のノリ』に感激、さらにふたを開けて「わ〜っ良いにおい、蟹の穴もできてる!」と驚いていました。
 『蟹の穴』はご飯があんばい良く炊けたしるし。ずいぶんと『ご飯』の知識が豊富なので聞いたところ「2才の娘が炊き立てご飯がだ〜いすきなんです」とのこと。私、思わず「良い育て方をしたね!!」とその若いパパママを絶賛したのでした。小さくにぎってあげたおにぎりを、女の子は夢中で食べていました。
 「塩おにぎりにして、塩多めにつけて」とは、わが息子10才のリクエスト。「さすが新米、うまい!!」とのたもうた。見るからにおいしそうなので私もお相伴して塩おにぎりを“パクリ”。かおり・ねばり・塩とマッチした甘み、本当に「うまい!!」味覚だけは自慢できるほどに育った息子、ただ今47kg、食べ過ぎですよね?

 お米をめぐって『汚染米転売』事件が騒がれた今年、食の安心・安全がますます消費者の重大な関心事となりました。炊き立てご飯が大好きな女の子、わが息子、彼らに残してあげられるような自慢の『安心・安全』が確立するには、まだ道は遠いような気がするのです。でも、私達が身近なことから始めなければ何も解決しないのも事実です。
 地産・地消は大いに努力中『作りすぎない、捨てない』が当面の我が家の目標。『食べ過ぎない』も加えなくては……。
 白鳥が近所の田んぼでえさをついばむ春が来ることを願って、北国の冬ごもりの準備に取りかかることにします。

 皆様も健康で良いお年をお迎えください。

昔ながらの鉄釜で炊くごはん昔ながらの鉄釜で炊くごはん
及川喜久子

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